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カインとアベルの記事、そして聖霊の火

カインとアベルの記事、そして聖霊の火

牧師 谷清志



創世記に、カインとアベルの話があります。

ここでよく質問に上がるのが、「なぜアベルのささげ物は受け入れられ、カインのささげ物は受け入れられなかったのか?」

ということですが、色々な方が説明されているので、今日は横に置いて、


私の疑問は、こうです。

「なぜ、アベルのささげ物が受け入れられ、カインのは受け入れられなかったと分かったのか?」


教会で献金しても、「受け入れられない献金」なんてものがあるのでしょうか?

しかも、それはささげた人や周りの人が明らかに分かるように、です。

受け入れられない献金は、献金袋から飛び出しますか?

いえ、どんな人の献金でも、献金袋に入ったままです。


では、カインとアベルはどのように、ささげ物が受け入れられた、受け入れられなかったと分かったのですか?

私の結論は、「天からの火」です。

聖書(旧約)では、アブラハムのささげ物(創世記15章)、ソロモン王のささげ物、(2歴代7章)、エリヤのささげ物(1列王18章)くらいしか、ささげものと天からの火とが関連付けられていませんが、

私の推測では、おそらくアダムやカインとアベルの時代にも、ささげ物は天からの火によって受け入れられたかどうかが分かったのではないでしょうか?

天からの火、これこそわたし達が「主の名を呼ぶ時」(創世記4:26欄外注)求めるものではないでしょうか?


わたしたちのささげ物は、牛や羊や山羊ではありません。

まず、イエス様がご自身を罪のためのなだめのささげ物としてくださったことを心に覚えつつ、

わたし達がささげるものは、私たち自身です。

「そういうわけですから、兄弟たち。

 私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。

 あなたがたの体を、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。

 それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」 (ローマ手紙 12:1)


私たちが、私たち自身を神の前にささげるとき、神は天からの火をもって応えて下さいます。

それは、聖霊の火です。

確かに、洗礼を受ける時、「父と御子と聖霊の名によって」受けたわけですから、クリスチャンの内には聖霊が住んでおられます。

しかし、それとは別の形で、天からの火、ささげ物を焼き尽くす火としての聖霊のお働きがあるはずです。


あなたは、自分自身を創造主(神)の前にささげましたか?

あなたは、聖霊の火を受けましたか?

求めて祈りましょう。


というような内容を、29日礼拝のメッセージに加えて語りました。


追記、

旧約で礼拝というと、ささげ物を準備してエルサレムに行き、ささげ物をささげることを言う。

もちろん、賛美をささげる、良い行いをささげるという面もあるが、

基本的には、動物の犠牲をささげることが礼拝だ。

そこをふまえて、ローマ12:1を読むと、「あなたがたの体をささげよ」と言われて、

びっくりすると思う。 しかし、聖書が言っていることは、こういうことだと考えている。

以上。

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