大阪みぎわチャペルへようこそ!

メインページへは、題字をクリック↑。大阪市生野区にある、キリスト教会「大阪みぎわチャペル」の紹介。   天王寺区と生野区の境目にあるので、天王寺区の方にもおすすめ。 プロテスタントのキリスト教会です。

2014年4月27日(日) 主日礼拝メッセージとプログラム

2014年4月27日(日) 主日礼拝メッセージとプログラム

「祝福しなさい」   谷清志牧師

聖書 1ペテロの手紙 3章(1-22節)





メッセージ・メモ

✞ 主イエス様の復活を、今週も感謝し賛美します。

 イエス様は、復活の後40日間地上にとどまられ、

 何回か弟子たちに現れていろいろと教えられました。

 そして、天に昇られました。(使徒の働き1章)

 私たちは、このイエス様を救い主(すくいぬし)と信じる者です。


✞ 今日は、ペテロの手紙第1、3章です。

 ここは、2章11節から続けて、クリスチャンの生活の具体的な勧めがされています。

 ・夫婦へのすすめ(1-7節)

 ・謙遜のすすめ、祝福のすすめ(8-17節)

 ・キリストの謙遜(18-22節)

クリスチャンと、そうでない人との大きな違いは、謙遜と、悪に対して祝福で対応することです。

なぜなら、イエス様がそうだったからです。

天の父のイスラエルに対する愛も、そうです。

私たちは、聖霊に満たされ、聖書を読み、お互いの交わりの中で、

謙遜な人格、祝福する人格に変えられて行きましょう。




祈りの課題
①天の祝福を受けて、周りに注ぎだせるように
②洗礼を受けて1年以内の兄弟姉妹のため
③大阪府民イースター集会、「ふうけもん」映画上映会のため
④韓国と韓国のクリスチャンのため







主日礼拝プログラム

祈り
主の祈り
賛美
     主を待ち望む (グローイングアップ)
     イエスにあがなわれて (ミクタム)
     主はあまねく全地を見渡し(ざわめき)
聖書朗読
メッセージ
信仰告白  詩篇23篇
賛美
     罪、とがを赦され(聖歌)
感謝献金
賛美
     主の愛に生かされて(グローイングアップ)
祝祷
後奏
報告
分かち合い



以上







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2014年4月20日(日) 復活祭主日礼拝メッセージとプログラム

2014年4月20日(日)復活祭主日礼拝メッセージとプログラム

「主イエスの復活」  谷清志牧師

聖書 1ペテロの手紙 1章1-25節




メッセージ・メモ

✞ 主イエス様の復活を、心から感謝し賛美します。

 教会の暦では、今日が「復活祭」「復活記念日」(イースター)です。


✞ 何の罪もなかったイエス様が、十字架にかけられ死なれ葬られました。

 しかし、3日目によみがえられました。

 その復活の体は、「栄光の体」と言われ、新天新地に入れられる人々は、

 栄光の体に変えられる、と聖書は言っています。


✞ 私たちの救いは3つの時間で表現され、

 「救われた」(過去形)、「救われている」(現在形)、「救われる」(未来形)です。

 これらは、遺産や病気の例えで説明されることが多いです。

 救いの未来形「救われる」とは、救いの完成の時です。(5-7節、13節)

 私たちの体は、栄光の体に変えられ、罪はまったく消え去り、新天新地に住むことになります。

 イエス様の復活を記念する今日、私たちの復活も信じて、

 毎日イエス様の道を歩んでいきましょう。



祈りの課題
①イエス様の復活の意味を深く知り、信じるように
②洗礼を受けて1年以内の兄弟姉妹のため
③日本と近隣国との平和・友好が築かれていくように
④シリアのため。戦争が早期終結するように



礼拝プログラム

祈り
主の祈り
賛美
    御前に行き (リビングプレイズ)
    墓の中に  (聖歌)
    主の愛に生かされて(グローイングアップ)
聖書朗読
メッセージ
信仰告白  使徒信条
賛美
    ハレルヤ、天において(ざわめき)
感謝献金
賛美
    主イエスをほめよ (ミクタム)
祝祷
後奏
報告
分かち合い


以上




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2014年4月13日(日) 主日礼拝メッセージとプログラム

2014年4月13日(日) 主日礼拝プログラムとメッセージ

「約束の地(安息)」  谷志朗牧師

聖書 ヘブル人への手紙 4章1-16節




メッセージ・メモ

✞ 4章は、13節までが約束の地(カナン)、乳と蜜が流れる地について、

 その後は大祭司キリストについて。

1、神の安息に入るための約束

  ・神を信じて従う者にとって、約束の地

  ・イスラエル人としてのカナンの地(ひな形)

  ・神が天地のすべてを創造して休まれた。

2、だが、福音を聞いても信じず従わない、荒野で死んでいく者

  ・残された者(レムナント)、ヨシュアとカレブ

3、天地創造の7日目の休みの日、これは私たちには主イエスの復活の日

4、ヨシュアからヘブルの人々の、カナンから主イエスの御名の新天新地の約束

  もうひとつの平安、安息の秘訣は、主イエス・キリストの、偉大な大祭司と共に

 御霊によって、この今、天国が私たちの内に存在する、聖霊の注ぎと満たしによる。

 御言葉に聞き、祈りをなし、愛の実行を始める時、あなたに安息を与えられる。





祈りの課題
①主が下さる安息の意味をしっかり知るように
②洗礼を受けて1年以内の兄弟姉妹のため
③新学年の学生たちのため。信仰が成長するように
④シリアのため。内戦が早く終結するように



礼拝プログラム

祈り
主の祈り
賛美
     イエスは勝利を取られた(ミクタム)
     主の愛に生かされて  (グローイングアップ)
聖書朗読
メッセージ
信仰告白  詩篇23篇
賛美
     十字架の血に  (讃美歌21)
感謝献金
賛美
     栄光イエスにあれ (リビングプレイズ)
祝祷
後奏
報告
分かち合い



以上




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ルターの、「罪をゆるされた罪人」という言葉の意味について


ルターの、「罪をゆるされた罪人」という言葉の意味について  牧師 谷清志



ずいぶん昔の話になりますが、ニール・T・アンダーソンの著書で、

「罪をゆるされた罪人、という言葉がありますが、これは間違いです。

 罪をゆるされたならば、もう罪人ではありません。

 罪を赦された義人と言うべきです。」

という内容を読みました。

その時はなるほどなあ、と思ったのですが、

「罪を赦された罪人」という言葉がもともと誰が語った言葉でどういう文脈なのかがわからず、

それを知りたいとずっと思っていました。


そして、知り合いの牧師先生に教えていただいたはずですが、

この言葉がマルチン・ルター(ルーテル)の言葉だと分かりました。

しかし、どの著書のどういう文脈なのかがわかりませんでした。

聖書学校で一緒だったルター大好き田↑先生に教えてもらおうかと思いましたが、時間がない。


そして、今回、この疑問が氷解したわけです。感謝!

ジョアンナ&アリスター・マグラス(夫妻)著 「自分を愛することのジレンマ」いのちのことば社 1996年初版

(英題 「THE DILEMMA OF SELF-ESTEEM」 by Joanna and Alister McGrath)

第5章 十字架――――セルフエスティームの客観的な基盤

に、ルターのこの言葉の内容について書かれていました。

結論を一言で言うと、「ニール・アンダーソンの言葉は、誤解だ」となります。

ニール・アンダーソンは、おそらく心理学的なアプローチから、「罪人」という自己像またはアイデンティティーを打ち消したくて

「罪を赦されたならば、罪人ではない、義人だ」と語ったのでしょう。

しかし、ルターは、ここで「罪人」という言葉をそういう意味で使っていません。

「罪赦された」という言葉の中に、「義人とされた、義と認められた、義認」という意味を含めています。

そして、罪赦され義と認められ、天の国に国籍を持つクリスチャンでありながら、

この体にはまだ罪の法則が働いていて救いは完成しておらず、

新天新地での救いの完成を待ち望んでいるのだ、という意味で

「罪人」という言葉を使っているようです。

ちょうど、ローマ人への手紙6章7章あたりの話になると思います。

「罪赦された罪人」――、罪から救われ、罪赦され、義と認められ、創造主の子としての身分が与えられていても、

なお完成してはおらず、罪を犯す可能性があり、体のあがなわれることを待ち望んでいる人、

そのような意味で、ルター(ルーテル)はこの言葉を使っているようです。



以下、上記の本から抜粋してみます。(マルティン・ルター(マルチン・ルーテル)『ローマ人への手紙の注解』の言葉だそうです。)

「それはちょうどある病人が、『あなたは全快します』という医師の言葉を信じることに似ている。

 病人は、病気が治るという約束に望みをおいて、医師の指示に従う。

 彼は、健康の回復のために、医師から慎むように言われたことはいっさいやめる。

 今、彼は回復した状態なのだろうか。

 実際、彼は病気だが、同時に健康だと言える。

 つまり、現実には病気だが、必ず治るという医師の約束において、彼は治っているのだ。

 彼が医師に信頼し、医師は彼をすでに治った人として見ているからである。」142ページ

「それと同じように、人は罪人であると同時に義人であることができる。

 実際には罪人だが、彼の罪の性質が完全に治るまで罪から救い出し続けて下さるという神の約束によって義人なのだ。

 すなわち、望みにおいては義人であり、現実には罪人であると言うことができる。」143ページ


「クリスチャンは常に自分の罪に気づいており、神のあわれみによって神から義をいただくことを求めている。

 まさにこの理由で、彼らは神によって義とみなされているのである。

 彼ら自身の目には(そして現実にも)彼らは罪人である。

 しかし、神の目には義人である。

 なぜなら神は彼らの罪の告白によって義人と見られるからである。

 現実には彼らは罪人であるが、あわれみ深い神がキリストに罪を負わせられたことによって、義人なのである。

 彼らは自覚のない義人であり、自覚している罪人なのだ。」

ルターは、罪人であると同時に義人である状態が永久に続くと言ったのではありません。

彼が言いたかったのは、神が神の義によって私たちの罪をおおってくださるということです。

神の義は防護カバーのようなもので、私たちはそのカバーの下で自分の罪と戦っています。

さらに、ルターの一番強調したかった点は、罪があることはクリスチャンの立場を否定したり取り消すものではないということです。

義認によって義という立場を与えられた私たちは、義の性質を得るために、神とともに努力します。

そして、神はいつの日か私たちの罪を全く取り除いて義としてくださると約束して下さっています。

ですから神の目には、私たちはすでに義だと言えるのです。152ページ


「私たちの目には私たちは罪人であるが、信仰によって、神の贖いによって、私たちは義なる者である。

 なぜなら、私たちを救うと約束してくださる方に私たちは信頼しているからである。

 罪に圧倒されないように、神がついに罪を全く取り除かれるときまで立ち向かい続けるために、私たちは罪と戦うのである。」155ページ

以上引用!





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2014年4月6日(日) 主日礼拝メッセージとプログラム「主イエスの十字架」

2014年4月6日(日) 主日礼拝メッセージとプログラム

「主イエスの十字架」  谷清志牧師

聖書 1ペテロ手紙2章1-25節




メッセージ・メモ

✞ 今年の暦では、来週の日曜日が「棕櫚(しゅろ)の主日」「エルサレム入城の日」ですが、

 来週は谷志朗牧師がメッセージですので、今日、エルサレム入城と十字架について語ります。


✞ 十字架の週の主な出来事です。

 日曜 エルサレム入城、人々は棕櫚で迎える。宮きよめをされる。

 木曜 「最後の晩餐」その後、捕まる

 金曜 十字架、夕方に葬られる

 日曜 復活の朝


✞ ペテロは、2章の中でイエス様の十字架について、

 1)私たちのために受けた苦しみ (21,24節)

 2)私たちへの模範 (21節)

 3)罪がないのに、死刑にされた(22節)

 4)天の父にご自身を委ねておられた (23節)

 5)私たちが罪を離れ、義に生きるため (24節)

 6)キリストの打ち傷で、私たちはいやされた(24節)

と書いています。

十字架を深く覚え、感謝と共に救いを受け取りましょう。







祈りの課題
①イエス様の十字架の意味を深く知るように
②洗礼を受けて1年以内の兄弟姉妹のため
③2014年度の教会員お互いの信仰の歩みのため
④アメリカのため。 もう戦争を起こさないように



礼拝プログラム

祈り
主の祈り
賛美
    心に感謝を持ちながら (リビングプレイズ)
    天よ、喜び歌え   (ざわめき)
    主の愛に満たされて (グローイングアップ)
聖書朗読
メッセージ
聖餐式  主イエスの十字架の血で(ミクタム)
信仰告白 使徒信条
賛美
     わが神、わが主よ (リビングプレイズ)
感謝献金
賛美
     御霊の注ぎ (リビングプレイズ)
祝祷
後奏
報告
分かち合い

以上











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